むかし、むかし。
　山畑で、じじさまとばばさまが豆をまいておった。
　木の枝ではハトやカラスがせわしなく羽づくろいをしていた。
「じじさま、ハトとカラスがまってやすよ」
「あいよ。ばばさまや、鳥のぶんまでまいといたからな」
と、二人は鳥たちに掘られてもいいように、たくさんの種をまいた。
　豆に土をかけたときだった。フワーと土ぼこりがまいあがったひょうしに、じじさまは、「ハーハクション。ヒーヒックション」と、まあ、どでかいくしゃみをした。そのとたん、鳥たちはいっせいに羽音をたてて飛びさった。
「じじさまや、ほれ、鼻をチーンなされ」
　ばばさまがてぬぐいをさしだしたとき、ズシーン、バリバリと、地響(じひびき)がした。
「はてな？？」
と思ったとたん、こんどは、ウォーン、ウェーンと、どでかい泣き声だ。
　二人はおそるおそる声のする方に枯草をかきわけていくと、まあ、どうだ、ときどき里に姿を見せる赤鼻の天狗が長い鼻をかかえ、身をよじって泣いてるとこだった。
「これこれ天狗さん、しっかりせいや」
「天狗さん、天狗さん、こんねに大声で泣けりゃ、死ぬことはありゃせんですよ」
　二人は励ましながら傷の手当てをしてやった。
「空飛ぶ天狗さんが、なんで地に落ちたや」
「さ、さっきの大くしゃみのせいで、急に気がなえて墜落だ」
「ややっ、そりゃ気のどくしちゃったない」
「じじさま、おわびに天狗さんの傷がよくなるまで、家にいてもらっちゃあ」
と、いうわけで、天狗は二人の家にやっかいになっていたが、四日もすると傷もなおった。
「三百年の間、この辺りの山守りをしてきたが、気がなえるようでは山守りの仕事はおしまいにせずば……。それにこんなに親身に世話を受けたのは、生まれてはじめてだ。礼によーくきく灸を伝えたいが、おさっちゃくれまいか」
「天狗さん秘伝の灸を！」
　二人はおおよろこびでおそわった。
「味噌にニンニクをすりおろし、親指の頭ほどに丸め、七日七晩陰干しして、痛いとこにのっけて、もぐさに火つけるだね。あっちちになったときゃ、ちょいとうつすんだね」
「よーくわかっておくれだ。ほんに世話になりもうした。では、おさらばじゃ」
　天狗は地べたをひとけりすると宙を飛んだ。そして、なごりおしむかのように葉うちわをふった。
「ばばさまや、灸で人助けができるなんない」
「じじさま、うれしいでごわすよ」
　二人は天狗が豆粒ほどの大きさになるまで見送った。
　それから間もなく、じじさまとばばさまの門口に【天狗の灸】の看板がかかった。

滝沢きわこ