昔あるところに、徳太郎(とくたろう)という孝行なむすこが、体の弱いおっかさんとくらしておった。
　ある日のこと、徳太郎が野良仕事からかえると、おっかさんが、おなかがいたいといって苦しんでおった。
「大変だ。おら、町に行って薬を買ってくる」
　徳太郎が出かけようとしたとき、おっかさんは、
「くたびれているのにすまないね。夜道はおっかないものが出るかも知れんで、忘れずにタヌキのお面も買っといで」
と、いった。
　徳太郎が薬とタヌキのお面を買って、ま夜中、峠の雨境あたりを上ってきたとき、腰のまがった年寄りに出会った。その年寄りが近づいてきてたずねた。
「おめえ、今ごろどこへ行ってきた」
「おっかさんが病気になったで、町に薬を買いに行って帰るとこだ」
　それをきくと、年寄りはにやりと笑って、
「お前のおっかあなんか、さっきがた死んでしまったわい」
といって、ギラギラした目で徳太郎を見た。
「そんなこと、ぜったいあるもんか」
　徳太郎が、かまわず歩き出そうとしたら、
「おれは、この山に何十年も住んでおる大へびだ。おまえを一飲みするで覚悟しろ」
　そういったとたん、年寄りの姿は、さっと消え、とぐろをまいた大へびに変身した。徳太郎は、とっさに腰にぶら下げておったタヌキのお面をかぶり、
「ふん、おれさまは、あの山に住む古ダヌキよ。何にでも化けられるんだ。飲むなら飲んでみよ。腹の中で大あばれしてやる」
と、四つんばいになっておどかした。
　大へびは、おどろいて、
「それじゃあ、お前はこの世の中で、何が一番おっかねえのだ」
と、聞いた。そこで徳太郎は、
「おれはな、この世で金が一番おっかねえよ」
と答えた。
「そうかー。そんなものがおそろしいのか」
　大へびはそういうと、くねくねと林の中に消えていった。徳太郎はほっとして、いちもくさんに家に帰ると、さっそく薬を飲ませ、ねっしんに看病したので、おっかさんの病気はたちまちよくなった。
　しばらくたったある夜のこと、大へびが徳太郎の家に、チャリン、チャリン、チャリーンと、たくさんのお金を放りこんできたので、徳太郎は一晩で、たいそうなお金持ちになったとさ。

田中邦