昔、塩尻峠(しおじりとうげ)のとちゅうの「みどり湖」に、人間とあそんでみたいと思っているカメがいた。カメは、湖の主様にたのんだ。あんまりねっしんなので、
「では一日だけ、人間の子にしてあげよう。しかし、お日さまが山のはしにかかるとカメにもどり、しずむ前に湖にもどらないと、死んでしまうからね」
といって、主様は、カメを人間にしてくれた。
　カメが村にいくと、正吉(しょうきち)という子どもにであった。心のやさしい正吉は、見知らぬ子なのに、すぐに友だちになってくれた。ふたりは、石けりをしたりおいかけっこしたりと、暗くなるまでなかよくあそんだ。
「そうだ、夕日を見にいこう」
　正吉は、カメをみどり湖の上のたかだいにつれていった。そこから見る山も夕やけ空も、それはそれはきれいだった。カメは、あまりの美しさに、ほうっとためいきをもらした。
「お日さまがしずんでいくのは、もっときれいなんだ。しずみだしたら見ていようよ」
「えっ、お日さまが、しずむって？」
　カメは、あわてた。あそんでいるのがたのしくて、時間がたつのをわすれていたのだ。
「おいら、お日さまがしずむ前に、みどり湖にかえらないと、しんじゃうんだ！」
　が、おそかった。お日さまが山にしずみだした時、カメはカメのすがたにもどってしまったのだ。
　正吉は、びっくりしたが、すぐにカメをそっとだきあげると、みどり湖めざして走りだした。ころんで血がでても走りつづけた。みどり湖までもう少しのところまできた時、お日さまは、すっぽり山にしずもうとしていた。
「このままじゃ、まにあわない。よし！」
　正吉は、カメをいきおいよくなげた。カメは空高くとんで、ぽしゃんと湖におちた。
　やがて、カメが水の中からうれしそうに顔をだして、正吉を見たのだった。
「また、あそぼうな〜。まってるぞぉー」
　正吉は、大声でさけんだ。もう、あたりはまっ暗だったが、カメがうれしそうに、コクンとうなずいたのが、正吉には見えた気がした。

出口澄枝