仁科三湖(にしなさんこ)のうちの青木湖と中綱湖(なかつなこ)が、なぜつながったか知っておるかな。それはな、青木湖に男神、木崎湖には女神、真ん中の中綱湖には、幼い姫神が住んでおった頃のことだ。姫神は、男神を兄と女神を姉と慕っておった。　青木湖と木崎湖は遠かったで、男神と女神はそれまで会ったことがなかった。ところががある時、姫神の館で二人は会ったそうな。女神はそりゃあ美しかったで、男神はいっぺんで好きになっちまった。それから、三人は姫神の館に集まっては遊ぶようになった。姫神は、たいそう喜んだそうな。
　ところが、姫神が男神の館を尋ねた時のことだ。女神の笑い声が聞こえてきた。そっと窓からのぞくと、二人はいとおしそうに見つめあっておった。姫神はこの時初めて、自分が二人の仲を邪魔していたことに気づいた。
「ごめんなさい、もう邪魔はしません。今まで仲良くしてくれてありがとう」
　姫神は、どちらの館も尋ねなくなった。
　ある夜、二つの湖はつながっておらんのに、中綱湖のマスが青木湖で泳いでおるのを見た男神は、不思議に思ってマスに聞いた。
「姫神様の流す涙があんまり多くて、あふれ出た涙で中綱湖と青木湖がつながったのです」
　マスの答えに、男神はびっくりした。姫神の涙で湖がつながったと？　いったい姫神に何が起きたのだ。男神は心配になり、姫神を尋ねた。ところが、
「私は、元気です。心配いりません」　
　姫神はむりに笑顔を作った。二人が大好きだから、幸せになってほしかったから、邪魔をしてはいけないとわかっていたのだ。なのに、いつまでも涙が止まらない理由(わけ)はちっともわからなかった。幼い姫神は、自分の恋心に気づいていなかったのだ。
「私を慕う小さな手が、どれだけ大切なのかわかったのです……すみません」
　姫神の心に気づいた男神が、女神にそう言うと、女神は悲しそうな顔をしたが去って行った。
　男神は夏忘れ草を手にして姫神を尋ねた。花言葉はいつまでも変わらぬ愛。　　　　　
　姫神はうれしくて、もう涙を流すことはなかったが、二つの湖は、それ以来、今もつながつておると。

出口まお