ある月夜に、猿が沼池の岸辺で遊んでいた。
　すると池の中からスッポンが顔を出した。
　それを見て猿が、
　「おい、お前はいつもそうやって、小さな泥沼の中で泥を掻(か)いて暮らしているが、いやにならないかい、可哀相(かわいそう)なやつだ」
というと、
　「おやおや猿さん、お前さんも可哀相だよ、水の中にも広い空があり、月も出るのを知らないのかい。うそだと思ったら、ちょっと覗いてごらんよ」
とスッポンがいう。
　猿は空や月は地上だけのものと思っていたので、びっくりした。まさかと思いながらスッポンにいわれるままに水辺に下りていった。
　「ほら、月が見えるだろう」
とスッポンにいわれて覗(のぞ)いて見ると、確かにまん丸のお月様がちゃんと池の中に見えた。
　猿がびっくりしていると、突然スッポンが猿の手に噛(か)みついた。
　「おいおい、何をする。痛いじゃないか、早く離せ」
　猿がいってもスッポンは知らん顔。もっとも話をすれば猿の手を離すことになるので、そう簡単には離せ（話せ）ない。
　猿がいくら頼んでもスッポンは猿に噛みついたまま離そうとしない。
　だんだん時間が過ぎるにしたがって、猿の声は弱々しく、顔は真っ青になって、とうとう泣き声になったが、スッポンは猿の手を口から離そうとはしなかった。
　やがて月が空の真上になった。猿が涙を浮かべて、
　「月が空の真ん中に来て、夜がふける。離してくれよ、スッポンどの、家では、いとしい子らが待っている」
というと、スッポンはようやく口を開いて、猿の手を離した。
　猿は一目散に山へ走っていった。
　空で一部始終をじっと見ていた月は、安心して、そっと雲にかくれた。

小沢さとし