でーきた できた
すーごい鬼 できちゃった
ずっと走りっぱなしの莉子の口から、ひとりでに出てくるメロディー。ランドセルの中で、教科書がおどってる。
鬼のめんがにげだしはしないかと気になって、莉子はおめんを持っている右手に、なんどもなんども目をやった。真っ青な顔をした鬼のめんは、初めての世界におどろいているみたいに、まゆ毛をきゅっとつり上げている。
図工で作ったこのおめんは、そんじょそこらのおめんじゃない。なんてったって、頭からすっぽりとかぶるんだから。
画用紙を細長く切ってほね組にして、そこになん枚もなん枚も白い紙をかさねてはって、ぼうしみたいにふくらませた。だから、節分の豆のふくろについている、ぺったんこのおめんとはわけがちがう。
（おかあさんに早く見せたいな）
となり町のクリーニング屋さんで、パートをしているおかあさんは、莉子よりちょっぴりかえりがおそい。
（これをかぶって出むかえたら、おかあさん、びっくりするだろうな）
莉子はたまらなくなって、くっくっと笑った。
「なに、莉子ったら、はとみたいな声出して」
りゆうもわからずにいっしょに走らされている弓ちゃんが、ふきげんそうにいった。
弓ちゃんのは赤い鬼。二本の角だけはおそろいにした。黄色とおうど色のしましまだ。あとは毛糸でかみの毛をつければかんせい。それが、今日とあしたのしゅくだいなんてラッキー。
「ヘヤースタイル、バッチリきめようね」
家の前で手をふって、弓ちゃんとわかれた。弓ちゃんのすがたが曲がり角にきえると、莉子は鬼のめんをすっぽりとかぶって、どっしどっしと歩いてみる。
くりぬいた鬼の目から、げんかんの白いドアが見えた。莉子はおめんをかぶったまま、うえきばちの下からかぎを取り出すと、ガチャリと開けて中へ入った。
コツ コツ コツ コツコツコツ
ハイヒールの音、おかあさんの足音だ。
（あっ、ナイスタイミング）
莉子はそのまま、ドアのうちがわにいそいでかくれて、いきをひそめる。
開きかけたドアのむこうに、おかあさんの顔が見えた。ガオーとほえて、莉子はとび出した。
「ああ、おどろいた」
目をパチクリさせたおかあさんは、スーパーのかいものぶくろを下においた。
「ふーん、それ、つくったの。でも、なんでそんなにいびつなの？ 弓ちゃんのは、まんまるくできてたのに」
そういうとおかあさんは、スタスタと台所にはいって行く。
（そっか、今、弓ちゃんに会ったんだ。だからってなんなのよ）
莉子はおかあさんの後ろすがたに、おもいっきりのあかんべーをしてやった。
ピアノの上に置いてみる。いわれてみれば曲がってる、左のほうにぐんにゃりと。
（そうね、たしかにいびつ鬼。よく見ればかっこわるいんだ）
いびつ鬼がだんだん弱々しく見えてくる。ぐんぐん莉子のむねがしぼんでいく。莉子はいびつ鬼に、かみの毛ようの、水色の毛糸をなげつけた。
夜中に目がさめた。トイレにいきたい。莉子はしぶしぶおき出した。
外がやけにさわがしい。
莉子はトイレの小まどを、細くあけて外を見た。月夜でおまけにまん天の星。まどから見えるうらがわが、白くうかび上がっている。ガヤガヤとたくさんの話し声が聞こえる。
「だれ？ だれかいる……ヒェッ…」
しゃっくりみたいにのどが鳴った。しんぞうがバクバクとなりだした。
月夜のにわに、赤、青、黄色、だいだい、むらさき……と、いるわいるわ、色のついた大きな人たち。もくもくはえたかみの間から、にょっきり見えるのはしましまの角。
「鬼！」
莉子はあわててしゃがみこんだ。
「どら、えものをさらってきたろうなあ」
はらわたをびんびんゆさぶるような、どら声がひびいた。
（えもの？ えものってなんのこと？）
こわいけれど見たい。莉子はちょっぴりのびあがって、小まどをのぞいた。
（あっ、弓ちゃんだ）
パジャマすがたの弓ちゃんが、赤鬼の背中でねむっている。鬼の黄色いまきまきのかみの毛は、弓ちゃんの毛糸だまとそっくり。
（弓ちゃんの作った赤鬼だ）
莉子はあやくくさけびそうになって、口をおさえた。どら声の大きな鬼がわらい出した。青あざみたいなむらさき鬼が、のっしと進み出た。
「よくやった、赤鬼。おまえはりっぱなわるい鬼だ。えものを鬼山へつれていけ」
赤鬼はにんまりわらうと、ふかぶかと頭をさげて、弓ちゃんをおぶったまま、くらやみへときえていく。
（どうしよう、なんとかしなきゃ……）
莉子は小まどにしがみついた。
「さあて、さあて、おつぎはだれだあ」
またわれ金のような声が、がらがらとひびく。
「はああ、おいらでございまする」
進み出たのは、黄色鬼。まっ赤なかみがてっぺんに、つんつんはえてるつっぱり鬼。
｛あれは、陽子ちゃんの鬼だわ）
莉子は小まどに顔をおしつけて、つっぱり鬼のせなかの女の子をのぞき見た。
（かみを三つあみにしている。やっぱり陽子ちゃんだ）
むらさき鬼は陽子ちゃんの顔をのぞきこんでから、ぺろりとしたなめずりをした。つっぱり鬼はむねをはって、鬼山へと進んでいく。
おろおろする莉子の耳に、むらさき鬼のどら声がひびいた。
「なんだ、おまえは。えものはどうした。それに、つるつる頭とはなんだ。鬼ともあろうものがはずかしい。前に出てきて、顔を見せろ」
首をすくめて小さくなった鬼が、おそるおそる進み出る。青ざめた顔……左にかしいだ顔……かみの毛のないあの鬼は……
（えっ？ わたしの？ わたしの青鬼？）
青鬼はしょんぼり下を向いている。まるで鬼のおぼうさんのような、莉子のいびつ鬼だ。
「えものがないなら、おしおきだ。その前になにかいうことはあるか」
すっかりおこったむらさき鬼の顔ときたら、どずぐろくはれ上がってばくはつすんぜん。今見つかったら、すぐに引き出されて、あのむらさき鬼に食べられる。ぜったいに。
莉子はだんご虫みたいに体を丸めた。
「いうことなければかくごせよ。お前は鬼の風上にもおけぬ。ぺっぺっぺっの弱虫鬼だ」
どなり声をあいずに、ペシリ、ペシリ、ペシリ、ペシリと、おなしな音がなりだした。莉子はそっと伸び上がる。たくさんの鬼たちが、よってたかっていびつ鬼の、つぶれた顔めがけてたたいているのだ。
でもいびつ鬼は、口をぎゅっととじたまま、まゆ毛をつり上げ空を見上げてふんばっている。いよいよむらさき鬼が立ち上がり、金棒をにぎって振り上げた。
（青鬼がやられちゃう）
莉子は頭をかかえた。むねがブルブルふるえて、とても立ってはいられない。とそのとき、かみなりのような大きな大きなうなり声。
「ウオー、ウオー、おいらのことをいっしょうけんめい作ってくれた莉子ちゃんを、鬼山なんかにつれていけるものかー、ウオー」
莉子のむねがときんとなった。小まどにはりついて外を見ると、むらさき鬼の金棒をにらみつけたまま、いびつ鬼がほえている。
ゆでだこみたいにおこったむらさき鬼の金棒が、ついにひゅーんとうなりを上げた。
莉子の頭の中は、もう、くるくるまわるいびつ鬼の顔でいっぱいだ。
（わたしの作った、青鬼……）
おなかの辺りが、めらめらめらとあつくなった。力の玉がぐんぐん、ぐんぐんふくらみ出した。
「待って！ わたしのだいじないびつ鬼をいじめないで！ いびつでかみの毛はなくっても、わたしの作った青鬼は、世界一強くてりっぱな鬼なんだから」
莉子は小まどをいっぱいおし開けてさけんだ。むらさき鬼が、ギョッとしてふりかえった。いびつ鬼がほほえんだ。月にてらし出された白いにわが、とつぜんやみにつつまれた。
ザワザワしていた鬼の声も、色とりどりの鬼のすがたも、かき消すように消えてしまった。
莉子はゆっくり目をとじた。そして大きくいきをすうと、こんどはそっと目をあけた。うすぐらいにわのまん中に、莉子のいびつ鬼だけが、ぽつんところがっていた。
莉子はおもてにとび出した。いびつ鬼をだきあげて、頭についたすなぼこりをそっとはらった。ぽこぽことやわらかな音がした。
「私をまもってくれてありがとう。なのに……ごめんね。でも、すっごくかっこよかったよ。あした水色の毛糸で、ふさふさいっぱいのかみの毛をつけてあげるわ」
莉子のむねにだかれて、いびつ鬼は困ったような顔のまま、夜空を見つめていた。
「やっぱりいびつはなおらないわね」
おかあさんがかたごしにいう。いくら毛糸でかみをつけても、やっぱりいびつはいびつのまま。でも毛先をカールさせたら、王子様みたいにりりしい顔になった。
「まあ、かみをつけたら、なかなかよくもなったわねえ」
おかあさんはそういうと、はなうたまじりに台所へむかって行く。
（いびつだっていいじゃない、ねえ、青鬼）
ピアノの上においてながめる。
「これなら、弓ちゃんにも、陽子ちゃんにもまけないわよ。世界一かっこいい、わたしのいびつ鬼さんよ」
莉子はボンドのかわききっていないおめんを、すっぽりかぶってみた。
……おいらをいっしょうけんめい作ってくれた莉子ちゃんを、鬼山なんかへつれて行けるもんか……
いびつ鬼のうなり声が、小さく小さく聞こえた気がした。
（おわり）
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