トントントン。
だれかが部屋をノックした。「はーい」と言って、わたしはドアを開けた。
「やあ、こんにちは」
そこには一ぴきの魚が立っていた。
「どうしたの？」って聞いたら、
「いっしょに泳ごうよ」
魚が尾びれでペタペタと音をさせて、入ってきた。
「でも、ここには水なんかないよ」
「だいじょうぶ、この部屋を海にしちゃうから。さあ、ぼくのせなかに乗って」
魚がねころんだ。
「そんなことしたら、君がつぶれちゃうよ」
「だいじょうぶ。ほら」
魚がえらをぱたぱたさせて、わたしをよぶ。
あんまりしつこいから、
「ぺしゃんこになっても知らないよ」
わたしはぎゅっと目をつぶり、
「えいっ！」と魚にとびのった。
ザブーン、と音がした。
目を開けたら、海の中だった。
わたしは魚のせなかに乗って、海の中を進んだ。
おひさまの光が、風にゆれるカーテンのように、わたしたちを手まねきしていた。
小さな魚のむれがやってきて、みんなでわたしをくすぐった。
赤むらさき色の海草がうでをからめて、わたしを引き止めた。
「このままずっと海の中にいたいな」
わたしが言ったら、魚がふり向いて、
「ほんとに、そう思う？」
「うん！ ほんとうに」
そしたら、海も魚もみんな消えちゃった。
トントントン。
だれかが部屋をノックした。「はーい」と言って、わたしはドアを開けた。
「はーい、こんにちは」
そこには一羽の鳥が立っていた。
「どうしたの？」って聞いたら、
「いっしょにとぼうよ」
鳥が長い足で、そろそろと入ってきた。
「でも、ここには空なんかないよ」
「だいじょうぶ、この部屋を空にしちゃうから。さあ、ぼくのせなかに乗って」
鳥が羽をゆかに広げて立った。
「そんなことしたら、君がつぶれちゃうよ」
「だいじょうぶ。ほら」
鳥が羽ばたきながら、おいでおいでをする。
あんまりしつこいから、
「ぺしゃんこになっても知らないよ」
わたしはぎゅっと目をつぶり、
「えいっ！」と鳥にとびのった。
ビューン、と音がした。
目を開けたら、空の上だった。
わたしは鳥のせなかに乗って、空をとびまわった。
横一列にならんだ鳥たちの間をすりぬけたら、みんなびっくりして、さかさにちゅうがえり。
もっこり雲の中に入ったら、つめたくて気持ちがよかった。
赤い気球に乗った人たちが、わたしたちを見て手を大きく振っていた。
「このままずっと空の上にいたいな」
わたしが言ったら、鳥がふり向いて、
「ほんとに、そう思う？」
「うん！ ほんとうに」
そしたら、空も鳥もみんな消えちゃった。
トントントン。
だれかが部屋をノックした。「はーい」と言って、わたしはドアを開けた。
「どうも、こんにちは」
そこには一頭の犬が立っていた。
「どうしたの？」って聞いたら、
「いっしょに走ろうよ」
犬がスタスタと入ってきた。
「でも、ここには広場なんかないよ」
「だいじょうぶ、この部屋をジャングルにしちゃうから。さあ、ぼくのせなかに乗って」
犬がしゃがんだ。
「そんなことしたら、君がつぶれちゃうよ」
「だいじょうぶ。ほら」
犬がしっぽを振って、おいでおいでをする。
あんまりしつこいから、
「ぺしゃんこになっても知らないよ」
わたしはぎゅっと目をつぶり、
「えいっ！」と犬にとびのった。
ザワザワ、と音がした。
目を開けたら、ジャングルだった。
わたしは犬のせなかに乗ってジャングルをかけ回った。
わたしたちが走ると、せの高い草たちが道をあけてくれた。
土けむりを上げてゾウのむれが走ってきた。
あぶない、つぶされるって思ったけど、犬は大ジャンプでむれをとびこえた。
ライオンの親子はあくびをしてわたしたちを見ていた。
「このままずっとジャングルを走っていたいな」
わたしが言ったら、犬がふり向いて、
「ほんとに、そう思う？」
「うん！ ほんとうに」
そしたら、ジャングルも犬もみんな消えちゃった。
とっても楽しかったけど、とってもつかれちゃった。
トントントン。
だれかが部屋をノックした。「だれ？」と言って、わたしはドアをじっと見つめていた。返事はなかった。
少ししたらまた、ノックの音がした。
「はい」と小さな声で言って、わたしはドアを開けた。
「こんにちは」
そこには、去年なくなったおばあちゃんが立っていた。
「おばあちゃん……」
おばあちゃんは、だまってわたしをだきしめてくれた。
そして、部屋に入ってきて、そっとすわった。
「おばあちゃん、あのね」とわたしが言おうとすると、おばあちゃんは、
「おいでおいで」と手まねきして、ひざをトントンたたいた。
わたしはおばあちゃんのひざまくらで、ぐっすりねむった。
トントントン。
ノックの音で目がさめた。
わたしは、「おばあちゃん！」と言っていきおいよくドアを開けた。
ドアの向こうに立っていたのはわたしだった。
「ただいま」とわたしが言った。
「おかえり」とわたしは答えた。
しばらくの間、だまって見つめ合った。
それから二人で、ふふふとわらった。
「ねえ、外へ出てみない？」とわたしが言った。
わたしは少し考えてから、「うん」と答えた。
部屋を出て、かいだんを一歩ずつふみしめながら、時間をかけて一階へおりた。
げんかんには、きいろいくつがそろえてあった。
「さあ、それをはいて」
うしろからわたしの声が聞こえる。
くつをはいて、げんかんのドアを開けて、外へ出た。
すずしい風が、ほほに当たる。
「気持ちいい！」
大きく両手を広げて、しんこきゅうをした。すんだ空気が体中にしみこんできた。
「すっきりしたよ」ってふり向いたら、そこにはだれもいなかった。
わたしは、ゆっくりと前を向いた。
夕日がまぶしかった。
（おわり）
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